環境再生型観光が描く未来:地域生態系と経済を育むツーリズムモデル
観光産業が持続可能な開発目標(SDGs)達成へ貢献する可能性は多岐にわたります。その中でも特に注目されるのが「環境再生型観光(Regenerative Tourism)」です。このアプローチは、単に環境負荷を低減するエコツーリズムに留まらず、観光客が訪れることで地域の自然環境や社会がより良い状態へと回復・再生されることを目指します。本稿では、この環境再生型観光が具体的にどのような事業モデルを構築し、いかにしてSDGs達成に貢献し、そしてビジネスとしての成功を収めるのかについて、具体的な事例と分析を通じて考察します。
環境再生型観光とは:単なる保全を超えた「再生」のアプローチ
環境再生型観光は、観光活動を通じて地域の生態系や社会文化を積極的に回復・向上させることを目的としたツーリズムの形態です。これは、観光が地域にもたらす負の側面を最小限に抑える「持続可能な観光」の概念を一歩進め、観光客が訪れること自体が地域にポジティブな変化をもたらす「貢献する観光」を目指します。具体的には、森林再生、海洋環境の浄化、伝統文化の継承、地域経済の活性化など、多岐にわたる活動がこれに含まれます。
事例紹介:里山再生と地域循環経済を推進する共創型ツーリズムプログラム
ここでは、ある日本の山間地域で展開されている「里山再生と地域循環経済推進プログラム」を事例として取り上げます。このプログラムは、かつて荒廃が進んでいた里山林を観光客と共に手入れし、その過程で得られる間伐材を地域のエネルギー源や工芸品として活用することで、生態系の回復と地域経済の活性化を両立させています。
参加者は、数日間の滞在中に地域住民や専門家の指導のもと、植林活動、間伐作業、水路整備などに従事します。宿泊施設は、地元の古民家を改修したものであり、食事には地産地消を徹底した有機野菜やジビエが提供されます。プログラムの収益の一部は、さらなる里山保全活動や地域の若者雇用創出に再投資される仕組みです。
SDGsへの具体的な貢献とその意義
この事業モデルは、複数のSDGs目標に対し、複合的かつ実質的な貢献を果たしています。
- SDG 15:陸の豊かさも守ろう
- 荒廃した里山林の植林・間伐活動により、生物多様性の回復と健全な生態系の維持に直接貢献しています。年間平均で約10ヘクタールの里山林が手入れされ、希少な動植物の生息環境が改善されました。
- SDG 13:気候変動に具体的な対策を
- 植林活動は、CO2吸収源の拡大に繋がります。また、間伐材を地域内でエネルギーとして利用することで、化石燃料への依存を低減し、カーボンニュートラルな地域社会の実現に寄与しています。プログラム参加者一人あたりのCO2排出量は、一般的な観光と比較して約30%削減されています。
- SDG 8:働きがいも経済成長も
- プログラム運営、古民家改修、食材供給、工芸品製作など、多岐にわたる分野で地域住民の雇用を創出し、経済的機会を提供しています。過去3年間で約15名の新規雇用が生まれ、特に若年層のUターン・Iターンを促進しました。
- SDG 11:住み続けられるまちづくりを
- 地域固有の文化や景観である里山を保全し、観光客と地域住民との交流を促進することで、地域の魅力とアイデンティティを再認識する機会を提供しています。これにより、地域コミュニティの活性化と持続可能な発展に貢献しています。
- SDG 17:パートナーシップで目標を達成しよう
- 本事業は、NPO法人、地域住民、行政、観光事業者、大学の研究機関など、多様なステークホルダーとの強固な連携によって成り立っています。この多角的なパートナーシップが、事業の持続可能性と効果の最大化を実現しています。
生み出されたインパクトの詳細
この里山再生プログラムは、環境、社会、経済の三側面において具体的なインパクトを生み出しています。
- 環境的インパクト:
- 森林再生と生物多様性の向上: プログラム開始以来、約50ヘクタールの里山林が適切に管理され、ホタルや希少野鳥の確認数が前年比で平均20%増加しました。
- 水質改善: 里山林が持つ水源涵養機能の回復により、地域を流れる河川の水質が向上し、COD(化学的酸素要求量)値が約15%改善しました。
- CO2排出量削減: 間伐材利用による地域内エネルギー供給により、年間約500トンのCO2排出削減に貢献しています。
- 社会的インパクト:
- 地域コミュニティの活性化: 観光客と住民の交流イベントが定期的に開催され、地域住民の生活満足度が向上しました(アンケート調査で平均7.5/10点)。また、プログラムへの地域住民の参加率は年間約300人以上に達しています。
- 環境教育効果: 参加者の90%以上が「プログラムを通じて里山保全の重要性を深く理解した」と回答しており、持続可能なライフスタイルへの意識変革を促しています。
- 若者の定住促進: 新規雇用と地域活性化により、過去5年間で10代〜30代の住民転出超過が解消され、Uターン・Iターンが増加傾向にあります。
- 経済的インパクト:
- 地域経済への波及効果: プログラムによる直接的な観光収入に加え、地元の食材、工芸品、体験プログラムなどへの支出を通じて、年間約3,000万円の地域経済波及効果が推定されています。
- 新たなビジネス機会の創出: 間伐材を活用したバイオマス燃料事業や木工製品開発など、地域資源を活かした新たな産業が生まれ、既存の観光収入に依存しない多様な収益源が確立されました。
- 観光客単価の向上: 通常の観光と比較して、プログラム参加者の平均滞在日数は2泊3日、平均消費額は1人あたり約7万円と、地域の高付加価値観光を牽引しています。
事業モデルのポイントと成功要因、克服した課題
この事例の成功には、いくつかの重要な要素が存在します。
- 強固なパートナーシップ: 地域住民、NPO、行政、地元の事業者、そして大学等の研究機関が一体となり、共通のビジョンに向かって協働する体制が確立されていました。特に、専門家による生態系保全計画の策定と、住民による実行力が成功の鍵でした。
- 明確な目的意識とストーリーテリング: 「荒廃した里山を再生し、持続可能な地域を作る」という明確な目的と、その実現に向けたストーリーが観光客の共感を呼び、単なる観光ではなく「貢献する旅」としての価値を提供しました。
- 体験型・参加型プログラムの質の高さ: 専門家による解説や地域住民との交流を通じて、深い学びと感動が得られるプログラム設計が、リピーターの獲得に繋がっています。
- 地域資源の多角的活用: 里山林だけでなく、古民家、地元の食材、伝統技術など、地域のあらゆる資源を連携させ、複合的な価値を創出しました。間伐材をエネルギーと工芸品に転用する循環モデルは、まさにその象徴です。
一方で、事業開始当初は、地域住民の理解を得ることや、観光客と地元活動のバランスを取ることが課題でした。これに対し、住民説明会の継続的な開催、地域協議会の設置、そして観光客への事前オリエンテーションの徹底により、相互理解と協調体制を構築していきました。また、長期的な視点での事業計画と、それを支える外部資金(補助金、クラウドファンディングなど)の確保も重要な要素でした。
結論:観光の未来を拓く環境再生型アプローチ
環境再生型観光は、持続可能な観光の新たな地平を切り拓くものです。地域生態系の回復と経済的発展を両立させるこのモデルは、SDGs達成への具体的な貢献を示すだけでなく、観光企業にとっても新たな事業機会と企業価値向上に繋がる可能性を秘めています。
経営企画担当者の皆様におかれましては、自社の強みと地域の特性を深く分析し、どのような形で環境再生に貢献できるかを検討されることをお勧めします。単なる寄付やCSR活動に留まらず、事業の中核に「再生」の視点を取り入れることで、社会的なインパクトとビジネス的なリターンを両立させる、真に持続可能な観光モデルを構築できるでしょう。インパクトの定量化は、社内での理解や承認を得る上での強力な説得材料となり、事業の実現可能性を高める重要な要素となります。